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世界に出てからの1年と3ヶ月の本音を語る。「ビジネスバックパッカーって何ですか?」

ちょっと長文です。
1年と3ヶ月の旅が経過しました。

ブログには良いことを中心に書いてきましたが、一度ここでこの期間の真実も少し触れてみたいと思います。

それは、このブログを見て、自分もやってみたいと思う人からメールをもらったりする上で、何か誤解があるといけないという思いもあります。

そして、自身にとっても一度、この期間の喜怒哀楽を文にしてみようと思いました。
構成は一番苦しかったことと、良かったことの二つから気づいたことを書いています。

*日本の外を見てみたい!

日本を出てから約1年と3ヶ月が経過。

突拍子もなく出発を決意したものの、ついた先で考えようと、まずはとにかく出ることだけをその頃考えていた。

「世界を見てみたい」
「海外でどんな人が活躍しているのか見てみたい」
「海外で自分も働いてみたい」
「海外で起業したい」

願望だけで飛び出した1年と3ヶ月前。
ブログにはあまり書かなかったが、実際には四苦八苦の連続だった。

思い立った頃手元にあったのは20万円ほど。
まさか、当時こんなことを実行するとは思ってもいなかったので、出発直前に給与交渉やら掛け持ちの仕事やらをして、4ヶ月で200万ほど貯めた。

この金額があれば、貧乏バックパッカーならできるとインターネットで読んだことも出発のゴーサインの印だった。

手にした荷物は、服とパソコンと、そして「スーツ」。
ビジネスバックパッカーなんて冠をつけてしまった物だから、やっぱりスーツはいるかなと。
経営者に会うんだし、見た目はそれなりに重要だと。

ところがこのブランディングをしてしまったことが、直ぐに重くのしかかった。

*旅の資金が底をつきる時の心境

スーツにビジネスバッグ。会った相手もそれなりに資金を持って歩いているのだろうと思うものだから、結構いいところに連れて行っていただける。

ありがたいことに御馳走いただけることもあれば、割り勘になることも。
一度の縁から再会すれば、それは又負担となっていく。

人と会うということは、お金もかかるのだ。
社会人時代、財布を気にする事なんて殆ど無かったのだから、ちょっとお酒を飲むと気前が良くなってしまったり。

もう一つ見落としていたのが、出発前のクレジットカード。
色々と買ったり、契約したりしていた物だから、出発後の精算で、なんと、数十万円×2がゴトンと落ちることに。

あれ?200万円あれば、1年ぐらい旅をできるんじゃなかったっけ?
そんな不安をよそに、減り続ける残高。

タイ、インドネシア、シンガポール。
3ヶ月がたつ頃には、もう本当にあと1ヶ月分ぐらいしか残高が無くなっていた。

毎日考えることは、一にも二にもお金。
日本から持ってきたビジネスは、あまりにもウケが悪く(正確には僕の旅の目的と著しく距離があり)断念。
会う人会う人に、お金は大丈夫?と聞かれるときが一番つらい。
ところが、お金が無いことを言うことはそれだけでチャンスが無くなるから、言うべきではないとの過去の教えがあり、気丈にも大丈夫と答えてしまう自分。

発言と思考のギャップはストレスを産む。
人と会わなければそんな思いもしなくてすむと考え、会わなくていいなら外出しなくてもいいと、部屋に閉じこもる
時間が増えていった。

何もしなくてもお金は減っていき、タイの地で生まれて初めてお金で泣いた。

なんで、こんな無駄なことを始めたんだろうとすら思った。
悪循環はスパイラルを生み出す。 誰がこんな馬鹿げた企画を考えたんだ!

・・・僕だ。

実はそんなことがあったため、体制を立て直すために6月緊急帰国。
つまりスポンサー探し。
どっかの本で、スポンサーをつけてタダで世界を回る~等という凄い話を
聞いた物だから、やるだけはやってみようと。

最終的には、NHKの某番組への情報提供と、実家から僕の結婚資金を譲ってもらった。

でも足りない。
旅が終わる。
正確には直ぐに旅は終わってしまう。

そんなときに思い出したのが、ベトナムでのITのお仕事の話だった。

*こんにちは、ベトナム

1ヶ月のインターン。
部屋付きでお金もくれる。節約すればちょっと旅の資金になる。

まぁ、1ヶ月働いているうちに次のことを再度考えてみよう。
海外で働くことは、一番最初にあげた願望の一つだったから、チャンス!
そんなことを思いながら、お世話になることを決めた。

旅を始めてから4ヶ月目にして、ビジネスバックパッカーは、
言葉通りの事を始めた。

そんなわけで、タイ、インドネシア、シンガポールと渡った僕の次の国は、
ベトナムとなった。

最初の2週間は非常に自由な時間。
与えられた仕事もデザイナー達のリーダーとして、ちょっと見てほしい
というもの。
仕事の定量は決まっており、それを納期までに提出することの管理。
既に殆ど問題ないので、むしろメンバー個々と話しながら、チームワークを
高めることを始めた。

ところが2週間がたった頃、会社は突然忙しくなった。

メールが1通電波に乗って僕の元に飛んできた。

「もう2週間延長してくれないか。」

*ベトナムに残るか残らないか

2週間であれば特に問題も無いと思ったので、これはすぐさまOK。
更に2週間後、

「もう一ヶ月延長してくれないか。給与も上げるので。」

えっ?あれ?僕は何をしに来たんだっけ?
と心が揺れる一方、必要とされているのだからと、了承する。

更に立て続けに、

「プロジェクトマネージャーとして、この案件をしてほしい。
ただいるだけでも良いから。」

その案件は、製作期間、半年のプロジェクトで、この会社にとって、
工数も予算も例を見ない大きさ。開発スタッフも多いときで20名程。

「この選択肢は、ベトナム永住コースになるのでは?」
友人達からは、そんなことを言われる。

「世界を回るって言ったんだからまずそれをやりなさい。」
お世話になった方からは、そんなことを言われる。

ある人はこう言った。
「それはチャンスだよ。」

また、ある人はこう言った。
「必要とされていることは幸せなことだよ。」

でも、僕は知っていたわけで、そのプロジェクトは少なくとも、
今いるメンバーの中では、僕がいないと終わらないということを。

当時その会社には一つだけ足りない人材があって、それは、「管理」。

ロジャーハミルトンの8つのタイプを借りるのであれば、僕はサポーター型。

クリエイターがいて、スター、ディールメーカー、メカニック・・・
それらのチーム作りや管理をするのが、僕の仕事。

でも、僕はこの役割が一番嫌いで、というのは、どうしたらお金になるのかが、
わからないから。
悔しいことに、本にもそう書いてあって、
「価値をお金にすることが難しいので、富へのレバレッジは株などにかけましょう。」

この本は僕のコーチのカルダンが、何を意図したのか、ベトナムに送ってくれた本。

己を知れと言うことか。

とにもかくにも、この本はあくまで複線で、今目の前のプロジェクトを終わらせるために
僕はベトナムに残ることを決めた。

*ビジネスバックパッカーって何ですか?

旅の名刺を使うことは無くなった。
代わりに会社の名刺を持つことになった。
とはいえ、日本の会社に引っ張られるように、土日も働く、人と会う時間なんて
殆ど無い状況に5月まで陥いった。

その間、2つのプロジェクトを行った。
管理システムを入た。
誰にでも見えるシステム化をした。

もう、僕は必要ないでしょう。きっと。
と、この部分だけは若干優越に浸ってみたが、何かを忘れてる。

そう、

「ビジネスバックパッカーって何ですか?どこにいったのですか?」

*会社作りませんか?

僕は海外を回る際に常に言っていた言葉がある。
「海外で起業したいのです。」

実はそんなチャンスは、3回あった。
タイで1回と、ベトナムで2回。
しかも2回は、資金も用意されて。1回は場所を用意されて。

働くチャンスだけなら、この会社も含めて、4回あった。
タイとシンガポールとインドネシアとベトナム。
つまり行った国全て。

そして全て異なるジャンル。

ビジネスバックパッカーという世間から見れば、愚の骨頂のような行いも、
人によっては、それは興味の対象になったのかもしれない。

断ってきた理由は様々だが、特に起業に関して言えば、
上記の本を先ほど読んでいて、悔しいけどそうだなと思うところがあったから。

要するに、
「1」から「1人」でスタートすることはあまり得意ではない。

日本で1年間個人事業主としてWEB製作やらを行ったりした時期もありました。
これは、1人で行うまま、幕を閉じました。

日本で1億円だしてくれる資本家と起業しようとしました。
失敗しました。自分がクリエイターのポジションを行おうとしたためです。
(今考えると、あのとき自分の役割をきちんとわかっていたら未来は少し変わって
いたかもしれません。)
結果は4人のメンバーを集めた翌日に空中分解。

悔しさをバネに、
ペットに関する団体を作りました。
これは、1から2人でスタートさせました。できました。

ベトナムでマネージャーしました。
これは、2から20人でした。できました。

今まで、自分で何かを始めることしか考えてこなかったが、
誰かと始めるという選択肢があることを、この1年と3ヶ月の中でようやく気づいた。

*ビジネスバックパッカー再始動

僕は、今日本へ一時帰国後、ベトナムに戻ってきた。
7月からは中国を予定している。
奇しくも持っている資金は日本を出たときと同じぐらいより少し少なめ。

また、色々な困難が待っているだろう。
パイルドライバーをされることもあるかもしれない。(又されるのは勘弁!)

でも、働き先を辞めてまで、起業の話を断ってまで、
又これをやりたいと思うのは、これはもう僕の欲求。

約1年回る予定だ。
欲求を越える欲求かチャンスが出れば、終わり。
お金が無くなれば働くのでしょう。
28歳という微妙なお年頃で1年で7回も働くチャンスがあった訳だから、
多分大丈夫でしょう。
(※すみません。。流石に4カ国では欲求を抑えられませんでした。)

今後の目的は以下の通り。旅の前とは少し変わる。

・世界で活躍している人の経験をアウトプットする。
・海外での人脈を広げる中で、一緒にやりたいと思う「人」を見つける。

2つの目的は共にリンクする。
どちらも、それぞれ大きな目的があるものの、最終的には、
僕の仕事パートナーを見つけるため。

まずは、アウトプットしないと僕を知ってもらえない。

旅に出る前には、格好良く、
若い人たちに海外に出る良さを知ってもらいたい!と書いたが、
既に最近そんな人が出てきた。 ※サムライバックパッカー
なので、これはひとまず、できたことにする。

だから、これから僕は僕のために、そして僕の将来の仲間のために、
旅を続けていく。

「ビジネスバックパッカーって、何ですか?」

世界各地に散らばるビジネスの民。彼らと交流し、文化、経験を現場で経験できたら・・・

自由に空を移動でき、日本や世界どこにでもビジネスができるスキルとノウハウがあったら・・・

その地にそのジャンルのビジネスがなくとも、自ら起こしてい為のスキルとノウハウと経験を持っていたら・・・

どんな世界を経験できるだろう。

The Business Backpacker Project は、こうした考えのもとにスタートしました。

旅の途中に作ったこの言葉が、僕の中でこだました。

===
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長くなりましたが、いつも応援してくれる仲間達には本当に感謝しています。
旅の中でも、否定されることより応援してくれる方が多いことは僕にとって、
とても大切な宝物です。

まだ、もう少し進んでいきますのでこれからもよろしくお願いします。

旅を支えてきた2つの良書、
「PLAY JOB」をくれた藤下さん
「億万長者富の法則」を送ってくれたカルダン
ありがとう!

NORI

日本に帰国と今後の予定

7月より中国に入ります。

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