デリーの日本人会サッカー部「FC KICKERS」

27 November 2010 インド

こちらでインターンシップをされている飯田さんのご紹介で、デリー日本人会にあるサッカー部「FC KICKERS」にお邪魔してきました。 メンバーは駐在員の方々が殆どですね。 舞台は日本人学校。 日本人学校の会場を借りてサッカーをしているそうです。 日中は子供達にサッカーを教えています。 夜は大人の部。 インドではやはり娯楽が少ない。遊ぶ場所も限られてしまうため、こういった場があるのがありがたいですよね。 さて、私はサッカーをしないので学校周辺をウロウロしていました。 中では駐妻達が集まって催し物の準備などをしています。 直近で運動会があったようですね。 その中の作品に一つ秀逸な作品がありました。テーマは「夢」 こんな事を考えられる子は将来凄い子になりそうだなと感じる次第です。 今回の訪問で一番面白かったのは、サッカーをする日本人の大人と子供。 それを見守る日本人妻達。 それらを肴のネタに盛り上がる、フェンスの裏から眺めるインド人ドライバー達。 全体を眺めていると何ともシュールな感じでした。

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インドの聖地バラナシ(ヴァラナシ)の魅力

17 November 2010 インド

インドの聖地。始まりと終わりと言われる街、「バラナシ(ヴァラナシ/ワラナシ))」 デリーで会ったOm君と再会の約束をした地です。 実は彼に電車代を貸したと言うこともあり、まぁそんな理由もあり着てみました。 何て神秘的な場所なのでしょう。 空気が若干違う感じがします。それはあくまでも体感的な物であり、もしかしたら単に錯覚しているだけかもしれません。 是非、インドに着た際には訪れて欲しい地域です。 ここには頭のモヤモヤを解消することも目的で約2週間滞在しました。 本当はもっと早く抜けようと思ったのですが、10日後にちょうど年に一度の最も大きなお祭りがあると言うことで、それは町中を火で灯すとても神秘的な瞬間に立ち会えると聞いたためです。 なお、このガンジス川沿い、実はお酒飲めません。 飲むと捕まります。法律で禁止されているのです。 ですから、お酒を買うにもちょっと離れたところへ。 夜はOmと彼の兄Bantyと酒を酌み交わしていましたが、ここでインドに着て最もびっくりすることを知りました。 兄弟・家族で一緒に酒を飲めない! ですから、お兄ちゃんと飲んでいる間は、弟は別室へ。弟と飲むときは兄から離れて。かなり面倒くさい文化ですね。 ご飯は、基本的に彼の家族に招待されて彼の家でいつもご飯を食べていました。 これが又びっくりするぐらい美味しいのです。 インドのカレーってソースが色々あるのですが、こんなまったりでも味がしっかり入ったソースは初めてでした。 さて、バラナシ滞在中は日中はいつも日本人オーナーが経営するカフェ「Ibaカフェ」にいました。ここはなんと、インドで初めて見つけたフリーWIFIの入る店。 中国の途中からブログが止まった最大の理由でもあるWIFIがとうとう見つかりました。まずはバンガロールから止まっていたWindowsアップデートをせこせこと。 続いてウィルスデータを更新してスキャンスキャン♪ せっかくWIFIが入るので、大変世話になったこの家族のために、ホテルのホームページを作ることにしました。 全て無料のサーバー、ドメインにワードプレスを突っ込んでちょこちょこと。 出来上がりはこれ。 「ヴィシュヌゲストハウス/ロードヴィシュヌゲストハウス」 こちらは案内動画(omと撮ってみました。) httpv://www.youtube.com/watch?v=HW8AiE173Tc httpv://www.youtube.com/watch?v=y5D_JMk52Po このホテルは、バラナシでも古くからあり、地球の歩き方やロンリープラネットにも載っています。(最新刊には確かない。) あの、長澤まさみちゃんが映画の撮影で泊まったりもしたそうですね。 バラナシの2週間は家族の大切さを思い出させると共に、北インド人の優しさに触れる時間でもありました。 ※このちょうど翌週頃に、バラナシで爆弾テロがありました。  安否確認をした結果、皆無事とのことです。  インドにいる以上、こういった問題はまだまだ消えることはありません。

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インドの聖地バラナシ(ヴァラナシ)への誘い

5 November 2010 インド

デリーで1人の青年に声を掛けられました。 普通なら無視か愛想笑いでスルーするのですが、彼の目を見た瞬間に何か話してみたいそんな感じにとらわれました。 「ネパール人ですか?」 彼の最初の言葉です。後から聞いてみたのですが、本当にそう思ったらしいです。 彼の名はOM(オーム)。バラナシのホテルのオーナーの弟だと言います。 デリーのディワリを見るためにやってきました。 彼の事を騙されても良いから信用しようと思ったきっかけは、お互いの恋人の話になったとき。彼から話し始めたにも関わらずあまりにも私の置かれた状況に似ていたためです。 彼の元恋人は日本人。バラナシのホテルに泊まったことが縁で知り合ったそうです。そのこともあり、彼は日本語が多少話せます。 (とはいえ、面倒くさいので英語で会話していましたが。) こちらは目下失恋中で落ちている男。そんな私の気持ちをカタストロフィしてくれたのが彼でした。 彼(20歳)は言います。 「物事には全てカルマがあって、その行動、その出会いと別れは全て必然である。だから、今回の別れは何も気にする必要はないし、次のために必然なんだ。」 彼のカーストはブラフマン。おじいさんはバラナシの元キングだったような人でもあったと後で知ることになります。(これは本当) 彼は20歳には見えないぐらい、自信に満ちあふれています。 それは、今何も持っていないことへの不安よりも、必ず手に入れることが出来る事への自信。 それは、「自分の名前と手相、そして母親からの教え」があるからと言います。 OM。この名前はインドでも珍しいです。「始まり」を意味します。 何かを唱えたりするとき「オ~ム XXXXX」とお経が始まったりすることを聞いた事がある方もいるのではないでしょうか。 又、彼の手相には両方に3本の槍(トライデント)の線が入っています。 インドの神様の1人シヴァが持つ槍です。 インド人が見ると、凄いという人がいます。とっても珍しい手相。 これらが、彼に自信を与えるようです。 自分はシヴァの使い手であるということが。 彼との時間はこの後、デリー、バラナシと約2週間一緒に過ごすことになります。 まだまだ何か不思議なことが起こりそうです。 追伸 彼が酔っ払った際、Hな店に行きたいと言うことになりついて行くことに。 デリーはニューデリー駅を挟んだオールドデリー側。 こんな何もなさそうなとおりの2階が全て実は、そういうお店なのです。 中はサウナのように男女が入り乱れています。 私は・・・ごめんなさい。ここで何かをする勇気はございません。

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バンガロール最後の夜

25 October 2010 インド

バンガロールでは主にルームメート達ととても強い繋がりを持つことが出来ました。 異国の地で生活する上で、どうしてもローカル人を無視することは出来ません。 もちろん仕事できて仲良くなることもありますが、やはり友人というのは双方のビジネス抜きでも気軽に出来る中を言いますから、そういった関係は難しいものです。 賢い人は、あえて最初に現地の大学や学校に行って損得抜きの友情関係を作ってからビジネスを始める人もいたりします。 僕の寮生活も正にそんな感じ。 何か困ったことがあればいつでも協力し合えるそんな関係でやってきました。 最終日前夜、突然ルームメートの1人が、「起きろ!」と起こしてきました。 眠い目をこすって外に出ると、既に他の部屋のメンバー達がバイクにまたがっています。 「Noriに最高の物を見せてやるよ!」 と深夜3時からバイクにまたがること2時間後。 ついた先は絶景のサンライズスポットでした。 実際には霧が強く見ることは出来ませんでしたが、そんな彼らの気持ちはとても嬉しかったです。 この時着ていたパーカーは、親友のサントスがプレゼントしてくれた物。 北インドは寒いからこれを着て頑張れとのことです。 インド人って何考えてるか分からないという人も多いですが、結局根本的なことは同じで大切な人、仲間のためには一生懸命になれる人たちなんだと思います。

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MBA流就職活動方法

20 October 2010 インド

北インド人の親友の1人シャルマがとうとう仕事を見つけました。 彼の仕事は大手銀行の人事。主に採用担当を行うことになるようです。 彼は、一番最初のルームメートでもあります。 そのときからずっと片手にはMBAの本と履歴書。 バンガロールでパートタイムの仕事をしながら、MBAの学校に通っていました。 先月ようやくMBAの資格も取得し、この1ヶ月ずっと仕事を探していたのです。 彼が合格したことは自分の事のように嬉しかったです。 さて、彼が合格に至った理由を聞いてみました。 なぜなら、私の英語学校はみんな就職先を探している子達がいるので何か参考になることは無いかと思ったからです。 彼の答えは至極簡単で、「MBAの教え通りにやった。」 とのこと。 ということで、ちょっと資料を拝借して、噂の面接攻略法(面接の達人?)を読んでみました。 機密資料なので、ここには書けませんが、この資料がかなり面白い。 彼の仕事、人事担当になるための面接の受け答えの方法が全部そこに書いてあるのです。 面接官が質問する内容、その意図、模範解答等、何十パターンにも及ぶ内容が記載されていました。 もちろん、御社の志望動機についても、その会社でなければならない理由などきちんと記載されています。 面接の達人もびっくりなこの攻略マニュアル。 外国の企業に入りたい人は、一度MBAに通ってみるのも良いかもしれませんね汗

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バンガロールのMBAスクールに通う土屋玄洋さんにお会いしました

15 October 2010 インド

今回ご紹介頂いたのは、こちらでMBAスクールに通いながら、会社設立を準備中という 土屋玄洋さん。 ご紹介ルートが非常に興味深いです。 私がtwitterで環境ビジネスに関心があると書いたところ、環経政という環境ビジネス団体の方から、ちょうどインドに環境の視察に何社か来ていると伺いました。 実際にお会いすることは出来ませんでしたが、その一つの会社の息子さんがちょうどこちらで学校に通っているとご連絡頂いたことから始まります。 バンガロールでの生活は、完全にインド人オンリーの生活を送っていましたので、久しぶりの日本人の方とお会いするのは(日本語が話せることは)とても楽しみでお会いしてきました。 アメリカで大学を卒業後、バンガロールにある旅行会社で2年働いた後、現在MBAの学校に通っているとのことでした。 インドを選んだ理由は今後経済の発展が期待できるBRICSを狙ってとのこと。 中国には既にお兄さんがいらっしゃるようです。 MBAに通っている理由も又、興味深く、もちろんビジネス学を学ぶためでもありますが、それ以上に、これから活躍して行くであろう、若い人材達とより深い交流を持つことが目的だと言うことです。 これは現地で生きていく上でとても効率的ですよね。 今後躍進がめざましいインド。 その中で日本人の若者がその成長の中で頑張っていく姿は、とても刺激的な印象でした。

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バンガロールでの英語学習3 バイブルと呼ばれる学習書「thesaurus」

10 October 2010 インド

プライベートレッスンの先生でもう1人お世話になったのは、ビジネスコンサルタントでもあるサンディープ先生。 期間こそ短かったですが、彼には面白い考え方と「バイブル」と呼ばれる物を頂きました。 熱血サンディープ先生。 話し始めて30分。私の英語力を教えてくれました。 君は話すことは問題ない。聞き取りもそんなに問題ない。 「ボキャブラリー」を増やす必要がある。 そのためには、君にはこの、「バイブル」が必要だ! といって渡してくれたのは「テサラサス(thesaurus)」。 要するに類語辞典です。 こんな辞書があること自体、実は初めて知りました。 期間中、私は全ての単語はこのテサラサスを引いて調べていたのです。 例えば、 こんな感じです。 この辞書めっちゃ便利です。ただ旅には持って行けませんが。 サンディープがもう一つ話していて興味深かったこと。それは、インド人が何故どこの世界でも適応することが出来るのかと言うことでした。 インドといえば、ご存じない方の方が多いと思いますが、その州、さらには地域ごとに文化や「言語」が異なります。 ですから、その土地で生まれたときから既にいくつかの文化や言語に触れ合うことになるのです。更に公用語の英語やヒンディー語。 サンディープ自身も5つのインドのローカル言語と3つの外国言語を使用します。 彼は言います。 インド人には生まれたときからいくつかのチャンネルが入っている。 それは、その時々に使い分けることが出来る。 英語のチャンネル、何々地方の言語のチャンネルなど。切り替えるだけだからごっちゃになることもないし、困惑することもない。 彼は私に既にチャンネルは出来ているからそのチャンネルに焦点を当てられるような学習をしなさいと言いました。 つまり、日本語など一切触れないで、英語のチャンネルだけを常にキープして、確実な物にしろと。後は、勝手に追加されていくといいます。 インド人がどこの国にでも適応していける理由は、何も英語が話せるということではなく、こういった背景もあるのかもしれませんね。

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バンガロールでの英語学習2 プライベートティーチャー

29 September 2010 インド

プライベートレッスンの先生は期間中2人にお世話になりました。 スダ先生は、インド訛りの英語を話す現役のカウンセラーでもあるのです。 最初聞き取れなくて何度も聞き直す事をしていましたが徐々に慣れてきた頃から、質問が徐々に僕の内面的な物になってきました。 この時期は、ちょうどベトナムから出てまだ1ヶ月ということもあり、今後ベトナムの恋人とどうするか、どこで仕事をするかなど頭の片隅で考えてもいたところでしたので、色々と相談。 日本人のカウンセラーとインド人のカウンセラー、違いは大きくないのですが、インド人特有の大きな目が何か神秘的な吸い込まれるような感覚があります。 そんな彼女の目を見ているとポロポロッと本音が出てくるそんな感じでした。 旅をする中で過去を振り返ることがあります。 そんな中で、何故この旅を始めたのだろうという不思議さはいつもありました。 もちろん、それは「夢」のためですが、本当にそれだけで行動を移すに至ったのかと思う節がありました。 彼女はそんな僕の気持ちを少しずつ解きほぐしていきます。 そして、はっと思い当たる過去の記憶にたどり着いたのです。 大学時代から5年一緒にいた人がいました。 結婚も真剣に考えて、お金を貯めようと仕事に明け暮れていました。 そんな私に愛想を尽かして出て行きました。 後日、彼女には恋人が出来ました。 彼は大きな会社に勤めていましたが夢がありました。先生になるという。 彼は会社を辞める決心をし、今あるなけなしのお金で指輪を買い、プロポーズしました。 3年間待って欲しい、その間辛い思いもさせるけど、立派な先生になると。 僕はそのとき、未だ未練がありましたから、自分が先に成功すれば取り戻せるんじゃないかと思いました。 テレビに出たら、本を書いたらもしかしたら振り向いてくれるのかもと。 2年後、インストラクター事業ビジネスはテレビでも取り上げられるようになりました。今こそチャンスと電話してみた結果、向こうの答えは彼も夢を叶えたから結婚すると。 あの頃からどこかで、ゼロスタートするための場所を探していたのかもしれません。まさに旅という。 人の人生とは不思議なものだなと感じます。 この旅だってこういった過去がなかったら始めていなかったかもしれないわけですから。 スダ先生との英語の授業はいつもこんな感じで行っていました。 彼女からもらった、クリスタルストーンは今も旅のお供をしてくれています。

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バンガロールでの英語学習生活1

28 September 2010 インド

バンガロールには約2ヶ月いました。 英語学校での生活は正直大変でした。 まず、英語として聞こえない。。。 インドアクセントのブリティッシュイングリッシュは刺激的に私の頭を混乱させます。 来る前はある程度大丈夫かなと自身があったのですが、違う意味で打ち砕かれました。 クラスは、 ・プライベート ・初級 ・中級 ・上級 この4つを受講していました。 初級はあまりにも簡単すぎたため、途中でギブアップしまして、中級と上級を主に受けていました。 もちろん学校に日本人は私1人。といいますか、外国人私1人。 みんな興味津々・・・になるのかと思いきや、以外とそんなこともありません。 その理由は、後々わかったのですが、ここは「就職活動をするために絶対必要な英語を勉強するため」だったのです。 ですから、皆かなり必死(いや、必死じゃない子もいたか)。 このクラスの中で、私のパーソナリティーは 「ハッピーゴーラッキー」となりました。楽天的といった意味ですね。 上級クラスの英語はディスカッションがベースですが、かなり英単語が難しくなりました。 お題は様々で、マネージャーの役割や交通ルール、宇宙の成り立ち 等様々です。 それが終わると面接の練習をします。 意外かもしれませんが、みんな面接の仕方全然知りません。 学校ではどうも教えてくれないようです。 この会社への志望動機から、椅子の座り方、挨拶の仕方何もかもないのです。 思い出せばベトナムで面接をしていたときもそうですが、これでは厳しい。 いつの間にか、講師と一緒に面接に関してのアドバイザー側に回っていました。 クラスメイトとあまり仲良くなることはありませんでしたが、滞在中何人も入れ替わり、その中の何人かは無事仕事を見つけていったそうです。 バンガロールには若者が多く職を探しに来ますが、まずここに一つハードルがあるのですね。

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バンガロールのルームメートとその暮らし

15 September 2010 インド

バンガロールの生活はtwitterによく書いていたのですが、8人部屋のPG(ペイメントゲストハウス)に住んでいました。インド人7人が僕のルームメートです。 ゲストハウスには合計30人のインド人+僕。そんな生活です。 トイレ・シャワーは外にある共同のものを利用します。 朝ご飯・晩ご飯(もちろんカレー)付きで月8000円。 バンガロールの中でもこのジャヤナガラ地区は学園都市的なエリアでもあり若干高めです。 PGに住む彼らは、全員地方から出てきています。 もちろん、この地がITで有名な地区でもあることと同時に、彼らの住む地区に仕事がないということも大きく影響します。 ルームメートは、結構頻繁に入れ替わりましたが、一番仲良くしていたのは、仕事を探していた北インド出身のシャルマと、IBMで働きながら自社を持つ野望満点の南インド出身のサントス。 そしてカルティック。彼は自分の故郷に僕を招待してくれて数日間一緒に過ごしました。 手前がサントス、後ろがシャルマ 日中は、みんな仕事並びに職探しをしています。 夜になると、私とサントスは酒を飲みに出かけます。他のメンバーは飲めないため。いつも話す会話は彼女の話。 彼の彼女はインド人らしくとにかく頻繁に連絡を求めます。 一日のSMSのやりとりが200回を越えるそうです。 日本人にとって考えられますか?! 私と一緒にいるときも頻繁に携帯に目をやり、電話をします。 本人も結構疲れているようで、時々むりやり変わらされて彼女の愚痴を聞いてあげました。 それもそのはずで、ここに来ている若者は皆、地元に恋人を残して自分たちの将来のために仕事をしに来ています。 IT業界は給料が良いですが(平均12万円。普通労働者で3万円。)、それでもゲストハウスに泊まる理由は将来のお金を少しでも多く貯めるため。 そうやって貯めたお金を地元に持ち帰って、結婚資金や親へ渡したりするのです。 彼らのような若者は英語を堪能に話し、とてもしっかりとした良識を持っています。今まで持っていたインド人へのステレオタイプが変わった瞬間でもありました。

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