ベトナムからマレーシアを経由してインドへ

25 August 2010 マレーシア

マレーシア さて、インドへ行くためには、ベトナムからは直行便がないため、経由をする必要があります。 AirAsiaを利用していますので、ハブのクアラルンプールを利用することにしました。 こちらがマレーシアの様子。 特に誰かと話したわけでもないので、あまり情報らしい情報はありませんが、町並を見る限り発展をしていることはよく分かります。 とにかく中華系が多いです。

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タイの卒業式と19歳のビジネスバックパッカー

13 August 2010 タイ

中国を北上せずにタイに向かった理由が、この卒業式に参加するため。 タイでは特に大学の卒業式は、結婚式と同じかそれ以上に重要な物。 家族一同や友人が集まります。 ここに来ることになったのは、中国鳳凰で、次のルートを考えていたときに、次にあった人が勧める場所が北なら上海、東なら台湾、南か西ならそれらを経由してタイへと考えていました。 出会ったのは、ドイツ人の医者。 「雲南が最高!中国最高~!」 テンション高めの彼の一言で次の旅の行き先が決定した次第です。 さて、その卒業式はこんな様子。 至る所で、個人個人の専属カメラマンと、お祝いダンスが披露されています。 それにしてもこの子はなんて国際色豊かな友達が多いのでしょうか。 凄い。 実は、このタイに来る理由はもう2つありました。 (流石にこれだけのためには戻って来ないですよ笑) 一つはいつもお世話になっているASEAN JAPAN の阿部さんと今後の旅のルートを相談すること。 彼の人脈は本当にいつもお世話になっていまして、ちょっと又ご相談と言うことですね^^ もう一つは、約1年前に一通のメールをもらいました。 それは、 「18歳の学生ですが、来年から旅に出ようと思いまして是非弟子にしてください。」 という内容。 弟子~~~~!!! そんな大それた事してませんから(汗 と思いながら、そのときはベトナムで働いていたので、お断りをしていたのですが、彼が今年いよいよ旅を始めたと言うことで、一度会ってみたいなという想いがありました。 皆様、私の旅の目的は、 「世界の良さを日本の若者に伝える」 ということです。 それを僕のブログを見て刺激をもらって旅を始めた子に会いたくないわけないですか! 会ってきましたよ。世界にタックル 19歳の小出粋玄君。 なんて純粋なんでしょう。僕が旅を始めたときと同じようにYシャツスーツのズボンをはいています。 方や1年経って気を抜いている男はアロハ状態。しっかりせねば(汗 ということで、阿部さんをご紹介して彼のタイでのビジネスバックパッカーが開始されていくことになりそうです。今後に期待!

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雲南省昆明の発展具合(地下鉄建設中)と麗江古城

7 August 2010 中国

雲南省は昆明、麗江に来ています。 数日間しかいませんでしたので写真にて様子だけをご紹介。 地下鉄の開発も進んでいます。 駅からの道路は地下鉄開発のため封鎖中 電気自動車の中でもこれは屋根付き タイ国と共催のイベント ここからバスで半日移動すると、中国でも今最も観光スポットとして話題の場所、世界文化遺産でもある麗江古城があります。 人、人、人! 鳳凰にも雰囲気が少し似ていますが、規模が違いますね。 夜はどこもダンスミュージックが飛び交います。 それにしても裕福な中国人がどんどん増えていると言うことを感じさせる場所でした。

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四川省成都と日系3世

2 August 2010 中国

四川省の中心地、成都に来ています。 ここにも既に日系の企業が進出しています。 イトーヨーカドーにISETAN。 交通網もしっかりしており、とても快適な都市です。 オートバイはほぼ全て電気式です。 今回も利用したのはユースホステル。 ルームメートは台湾人の女性 (滞在が長かったので勝手にマスターというあだ名で呼んでいました。)と日系3世のハワイ出身の彼は日本語を殆ど話すことが出来ません。 実はこの地でもう1人日系3世(彼はカリフォルニア)、のメンバーでよく行動をしていました。彼も又、日本語を話すことが出来ない。 同じ日本人なのに、母国語が通じない。なんだかとても不思議な気分です。 何よりも日系3世ですから祖先の日本人は戦争前には既にアメリカに渡っていたと言うことになります。 世界で活躍する日本人として旅をしていますが、日本人の海外進出は遙か昔から始まっていたと言うことを改めて感じさせます。 あの頃は、今の私たちとは逆の立場だったのでしょう。 より発展のしたフロンティアを求めて、旅立っていく。 今なら日本人がアジアに出れば恵まれた環境で生活が出来ますが、当時は出稼ぎにいく、そんな感じだったのかもしれません。 成都の地にて、そんな事を感じる体験でした。

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中国に来て感じることと改めて感じるASIANの概念

30 July 2010 インドネシア

なかなかネットに繋がらず繋がれば出会った人たちに連れて行かれる充実した時間を過ごしています。 シンセン、広州に板間も又とても充実しており、こちらも近いうちに書きたいと思います。 さて、今は中国湖南省は鳳凰というところにいます。 小学生以来泊まったユースホステルにいますが、非常に面白い。 というのは、コミュニケーションが頻繁にとれるのですね。意外と英語を話せる人も多く、中国人はもちろんのこと、オーストラリアン、スパニッシュなど様々話すことができました。もっぱら一緒にいるのはもちろん中国人で、先ほどまで、5回目の一緒の食事を共にしてきました。 いよいよ出されたのが(ようやく出てきたと感じましたが)戦争の話。僕は僕が色々知った中での話をし、彼らも又その一部には納得した上で、我々の未来について話していました。 僕はもっぱらASIANを出します。僕らの世代が日本人というこだわりだけを持たずもっと広い視野で考えること、つまり日本人である以上にASIANであるということ。僕らの次の世代はより広いワールドで物をとらえられたらいいなといつも思っています。 彼らに言わせれば、そんなことを思っている日本人はいないと思っていたと言いますが、でも僕はこれだけ海外で活躍してきた日本人達を知っているわけで、話を聞いてきたわけで、それがいかに現実的な物であるかを切に感じる訳です。 やっぱり、日本にはまだまだ戻らずこっちの人たちともっと関わりたい、感じる次第です。

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古町鳳凰にてモンゴル青年海外協力隊と出会う

29 July 2010 世界で活躍する日本人

ここは鳳凰という場所です。 恐らく殆どの方がご存じないのではないでしょうか。 湖南省にあります。 張家界からバスで1時間ほどの場所です。 中国全土からの旅行者で溢れかえっております。 ここと先にご紹介した張家界が大体セットでの旅行プランとする方がいます。 ここでは、ユースホステルを利用しましたが、ルームメートは中国人のご一行。 殆ど英語を話せる子達はいませんでしたが、それでもなんとなく気が合い、一緒に食事をしたりしていました。 殆ど話せないので、書く内容がない・・・。 翌日、偶然にも日本人の方にお会いしました。 彼はモンゴルから現在旅行に来ているという事。 話を聞いてみるとどうやら日本で学校の先生をされていたそうで、現在は青年海外協力隊で、モンゴルの養護学校で先生のサポートをされています。 モンゴルって一体どんなところ?と関心を持っていたのですが、結構な親日国奈用ですね。もちろん皆朝青龍の事は知っているようです。 中国の進出がめざましく、モンゴルとしてはあまり喜ばしくないようです。 彼は1年目ですが、2年間の任務を終えた後、この養護学校で学んだことを日本に持ち帰りたいと語ってくれました。 教育カリキュラムはもちろん日本の方が優れていますが、言葉の通じない子供達とどうやってコミュニケーションを交わしていくか、奮闘の中で様々な気づきが会ったようです。

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アバターのモデルにもなったと言われる張家界の岩岩

25 July 2010 中国

ご覧ください。この景色! アバターのモデルにされたとも言われる岩岩の群。 奇っ怪な景色は見る者の心を奪います。 湖南省にある超家界の様子。 この旅の中で来てみたかった場所の一つです。 しかし驚きの場所は実はここから少し離れた場所にありました。 さて、驚きの場所はこちらです。 目指すはここ。。。 ここは高さ1500mの山台にある場所で、海外からロープウェイーを導入して目的地まで向かいます。 どんどん上ります。 どんどん上ります。最早地上はどこへやら。 天門山は崖の横に道をもうけています。もちろん落ちたら即死。 天空の高台に聳える、この場所の最大の見どころは、この穴の空いた岩。 ここへ行くためには階段をドンドン上っていく必要があります。 落ちたら死亡ですね。 今回の旅で本当に死ぬんじゃないかと思ったのは初めてです。 そして、本当に死にたくないと思ったのも。 今思い出しても足がすくむ。 願掛けの布もありました。 もちろんビジネスバックパッカー祈願。 そしてこちらが天門山から少し降りたところにある天門洞。 同じく階段を落ちると死にます。 中国に行った際には是非とも行ってみてください。 最もお勧めのポイントです。

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シンセンの地で猛省。海外を出て500日目の反省点

19 July 2010 シンセン

シンセン3日間の滞在中は実は、日本人の方の家に泊めていただいていました。 ベトナムを見学しに来ていた方からご紹介いただいた「K」さん。 現地の日本の方とはあまり関わらず、とことん中国の方と向き合って会社を経営されている方。 こちらがKさんです(笑) とても親切にしてくださりまして、シンセンの発展している町並を紹介、その脇にある、ドローカルな地域も一緒に連れて行っていただきました。 「髪、切ろっか?」の一言にローカルの床屋に連れて行っていただいたのですが・・・ あぁ、何故、僕のお股に生姜が・・・。 しっかり遊んでいただきました! 料理の味は超一流!!のKさん会社の従業員に作っていただいた麻婆豆腐は、正直今後もこの味を越えることはあるのか!?という旨さでした!! 美味しい物を食べ、様々な場所にも連れて行っていただき、そして貴重な時間をさいていただいたのですが、多くのことを教えていただきました。 その中で、痛感する事も多々ありました。 「君はこの旅でお世話になった方々にどうやって恩返しをするの?」 この旅はブログを見ている方ならご存じのように、本当に多くの方のお力添えがあって、初めて成立しています。 貴重なお時間を割いてお話をしてくださる方、食事をご一緒してくださる方、家に泊めてくださる方、なんと、働く環境を提供してくださる方、ご紹介をしてくださる方、そして応援してくださっている方々。 正直、常にベストな対応ができてはいなかったのは事実です。 特に旅の前半は、結局何をどうしたら良いか自分自身でもわからず、碌な対応ができないまま終わっていったこともたくさんありました。 これは、日本を出てから500日目ということもあり改めて振り返っての猛省でもあります。 日本で社会経験を積んだからある程度、問題なくいけるかと浅はかにも思っていたのですが、それはあくまでも組織という物があり、周りのためにも責任というものがあったからこそなんとか成り立ってきたのです。 今は全ての責任は自分にあり、怠った物は全て自分に返ってきます。 この旅であれば、「何もしない」と言うことが最も恩を仇で返すことです。 できることはまずここからしかありませんが、こちらから旅の状況をきちんと報告すべく、メルマガから開始していきます。 ただただ、自分に焦って走り回ってはいましたが、このシンセンで感じたことを一つのブレイクスルーとすべく、今後とも進めていきます。 3日間、じっくりと僕に考える時間と問いかけをしてくださったKさんには本当に感謝の次第です。 === さて、 それにしてもシンセンの開発具合は驚きです。 30年前にはほとんど畑しかなかった地域だったようですが、現在は区画整備がされた最先端の都市作りがされていっています。 中心地域を抜けるとローカルエリアを見ることもできます。 正直、Wikipediaをみても、 中国本土の大都市の中では最も所得が高い[1]。1980年に経済特区に指定されて以来、莫大な外国投資を誘致し、製造業が発達しているが、近年は情報通信産業やサービス業も急速に発展している。 2010年3月にシティ・オブ・ロンドンが公表した金融センターランキングによると、世界第9位の金融センターであり、アジアでは、香港、シンガポール、東京に次ぐ第4位である (Wikipediaより) と発展が著しいことこそ記載はされているのですが、イメージわかなかったんですよね。 香港の方々にも、シンセンは今や工業都市としてだけじゃなくて、商業都市としてもどんどん発展していると聞いてはいたのですが、実際に目で見てびっくり。 片道5車線もある道路の脇には、金融エリア、商業エリア、レジャーエリアとあり、それぞれが実に綺麗な建物でした。(建設中の物も多々あり。)

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シンセンのイケメンホテル営業マン

18 July 2010 シンセン

シンセン在住のKさん(僕が今シンセンで泊めていただいている恩人!)からご紹介いただいた、シンセンのシャングリラホテル内で唯一の日本人として活躍中の三輪谷 哲典さんにお会いしてきました。 30歳イケメン! ホテルのロビーで待っていると営業帰りの三輪谷さん登場、スーツが決まっています! さて、ホテルのカフェに座ったのでお仕事の一部を拝見することができました。 時折困っている日本人のお客様を見つけると、そのケアにあたる三輪谷さん。 それもそのはずで、営業マンとしてシャングリラホテルに入社されたものの、唯一の日本人である三輪谷さんは、営業だけではなく、こちらに滞在される日本人の方の対応を殆ど行われているのです。 もともと海外に関心を持ったのは高校卒業旅行で行った「グアム」。 三輪谷さんにとっては、食べ物、町並、人間、全部が違う。それがとっても新鮮だったようです。 「実はホントに海外に出たいというきっかけはそれだけだったんですよね(笑)」 日本以外の国を見たい!という想いは海外経験のあるご両親から、『日本で社会経験をすることの重要性』の説得もあり、社会人2年を日本で経験後、はれてカナダに2年間語学留学を決意。 帰国後、自分のしたいことは、海外でサービス・営業に関する仕事と改めて感じ、当時最も関心のあったシャングリラグループに入社、そして現在の仕事に至るわけですが・・・ 「英語を学んできたのですから、英語圏のホテル勤務が良かったのですが、当時、シャングリラグループ内で営業が必要だったのはシンセンのホテルしかなかったのです。とはいえ、これも良い経験なので行こうと。 でも、中国苦手だったんですよ、最初。今まで見てきていたニュース等で良いイメージがなかったので。 ところが、現地に入って見て、経験して初めて『今まで聞いてきた情報と異なることを知った』んです。気がつけば今では正反対のイメージですよ(笑)」 ご自身の持っている力は営業。 現在は、ここでなければならないというわけではなく、自分の持っている力を発揮できる場所でどんどんチャレンジしていきたいとのこと。 将来他の国でお会いすることもあるかもしれません。そんなとき、又その国でのイメージと実際の現地との違いを聞いてみたいなと思う次第でもあるわけです。

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人が動く原動力、華南ワークス松本社長にお会いしてきました

17 July 2010 香港

香港最終日にお会いさせていただいたのがHopewill堀代表からのご紹介いただいた、華南ワークスの松本社長。 予定の関係もあり、お酒と共に夕食をご一緒させていただく中でお話を伺ってきました! じーっくりとお話を伺えたのですが、 今回は海外というフレーズもそうなのですが、それ以上に行動力のきっかけという点で非常に興味深かったです。 人が行動をするきっかけは、もちろん自分の力もありますが、誰かがいたからその壁を越えられるのかなと感じます。 そう思ったのは、松本さんの大学時代の時の話を伺っていたんですね。 「大学1,2年はとにかく腐っていた。だから3年生になったら厳しいゼミにいこうと。ゼミではリーダーを決めるんだけど、今までくさってた自分ができるわけ無いと思った。でもそんなときに、年は上だけど同期の韓国人が自分の話を聞いてくれて、『お前がリーダーをやりたいんだったら俺が全力で協力する!』って言われたんだね。もうそれが嬉しくて嬉しくて。」 最終的には、先輩の支援もあったりと、ゼミのリーダーになったのですが、それがきっかけで『組織と人を一体化させたい』という想いが強くなったそうです。 就職活動時の資料請求はなんと500枚。 その中から色々考えて人材紹介会社で働くようになるわけですが、それも又、学生時代の経験があったからこそなのだと感じます。 海外での苦労等についてはこちらの記事に詳しく記載されていますが、その原動力とは何か、今回とても考える時間となりました。 ただ、先の韓国人の仲間の助けにもあるように、まずは声に出して想いを伝える、これが又大切だと感じる訳です。 松本兄貴!ありがとうございました!

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