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シンガポール

あたりを見回すと、その風景は、かつて自分がそこにいたことを思い出せる。
日本を思わせるようなきらびやかな建物や、それを上回る町並みの綺麗さは、

ここは、シンガポール。

あれっ? なんで?

ということですが、シンガポールで購入した空港券が往復につき、日本からの行き方を調べたところこれが一番安かったからです。
では、このまま直行するのかというとそうではなく・・・

日本→香港(トランジット)→シンガポール
シンガポール→クアラルンプール(マレーシア)→ベトナム

このコース、実に二日かかります。
昨夜はシンガポールに一泊して、今空港からこれを書いています。マレーシアへの滞在は3時間。 これではどこへもいけませんが、何かしら発見があるだろうと感じます。
直線で行くか曲がり道で行くか、どちらにもその意味はありますよね。

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昨夜はネットも携帯も使えなかったので、日本で購入した本を読んでいました。「全脳思考」、「続・世界の日本人ジョーク集」どちらもお勧めです。
全脳思考の神田昌典さんは一度お話をしたことがありましたが、もっとぶっ飛んでいるイメージがありましたが、とても発想力豊かな方で感動した覚えがあります。勝間本を否定しないように包み込んで書いたという印象を受けましたが皆さんはいかがでしたか?

もう一冊、こちらは是非、手にとってもらいたいと。というのはただのジョーク集ではなく、著者が世界中を回った中でのそれぞれの価値観に程よい突っ込みがはいっていて、それがなかなか「なるほど」と感じます。
海外に対して日本人が持っている偏見、そしてその逆。どちらかといえば、心がスッキリするこの著書を一度目に触れてみるのは新しい世界に繋がっていくかもしれません。そんな入り口としてお勧め。

そして、今読んでいるのが、「ノルウェイの森」。
冒頭の書き方は、それを意識したわけではないのですが、思わず書いてしまいました。
読んでいる間、完全に引き込まれますね。そして私もまた、この本を読んでいる間に、「この本を手に取ったまでの」ストーリーを村上春樹調で、頭の中を駆け巡りました。次回PCを目の前にした際に書きたい気持ちがあれば、またのせてみようと思います。

ということで、今からマレーシアに行って来ます。そろそろ飛行機になる行為も飽きてきました。きっとそんなものなのでしょう。
ところが、新しい国へ行くことの好奇心は益々高まるばかり。続けてみないと何に「ワクワク」していたかなんて分かりませんよね。

ちなみに、私は「ワクワク」という言葉があまり好きではないです。あまりにも多くのシチュエーションで使える言葉で、相手にとってはそれがどの状態なのかさっぱり分からないし、実は本人も分かっていなかったりする。と私的意見。
この言葉、好きだった時期もあれば、嫌いだった時期もあるといった具合ですが、「ワクワク集団」のような団体を見ると鳥肌が立ちます。
どうも日本人の悪い習慣というか、良い習慣というのか、周りの人がその状態であれば自分もまた同調しやすいという箇所。結局その時間を通して得られるものは自己の発見ではなく、同調しやすい自分がいるということだけ。「もっとワクワクしょうよ」、こういっている人が家に帰ってから「俺何やっているんだろ」といった話をよく聞きます。 私の周りでは素直な気持ちでワクワクという言葉を聞きにくくなった環境にいるためそう思ったのかもしれません。

何故こんなことを書くかというと、これも又ノルウェーの森を読んでいる中で、過去回想をしていく中で、そういえば・・・と思ったため。
多くの方がこれを読む中であえて冒険してみました。

私にとって書籍とは、知識を得るためとは別に、過去に蓄積したものを引っ張り出すツールでもあったりするわけです。

タイトルもまた、思わず浮かびました、奥菜恵がかつて出た映画ですね。 普通の花火は下から見ても横から見ても丸かったわけですが、人生はドラえもん花火みたく平面花火のようなものですよね。しかし又それも花火だという事実。

脈絡がない文章ですが、出発につき、「下書き保存」をしたつもりで更新しておきます。

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話しは少し遡ります。
日本に行く直前にお会いさせていただいたのは、リーダーズアカデミーの嶋津社長と、AsiaXの内藤社長編集者の石橋さん

リーダーズアカデミーの嶋津さんといえば、日本でよくお目にかかるのが書籍です。
「上司のルール」を始め、「雨がふってもよろこぼう」など多数の書籍を出されています。
私も実は日本にいた頃に「上司のルール」を読んだことがあり、改めて上司とはなんだろう?と考えさせられたことがあります。
リーダーズアカデミー ビジネスバックパッカー

現在の仕事を始める前は、IT系のベンチャーとして20代前半から営業部長としてチームを管理し3ヶ月で営業部でNO1になったそうです。ところが、その後チームの業績は悪化。自身の上司としての「在り方」に自問自答。
そこで「俺と会社の悪口大会」を開き、部下の気持ちを始めて知った嶋津さんは、「部下が自ら働く環境」を作るにはどうしたら良いか?そのためには上司は何をしたら良いかを考えるようになったそうです。

独立後、自らが立ち上げた会社は、前職での指導方法も存分に機能し最終的に上場にまで至ります。
途中、仲間達の両親等の「死」をみる中で、自分にとって死は自然なものであり、それまでに自分にとってやりがいのある仕事は何かを模索しました。
「誰に教わるかによって人生の質が変わる。」ことへの実感から、人生のやりがいとして教育を選び独立。今に至ります。

写真を拝見するともの凄いかっちりされた方かと思いましたが、とてもフランクにお話ししてくださり、とても楽しかったです。タイに共通の知り合いがいたり世の中狭いなと(^^

その後うかがったのが、AsiaXを編集をされている石橋さん。現在はシンガポール日本人会「女子バレー部」の部長でもあります。
「普段は取材することが多いので話すのは得意ではないんですよね。」
・・・そんなことはありません(笑 しゃべり倒していただきました(笑

エンジニアとして翻訳家として仕事をされていた後のプロジェクトで、シンガポールに行くきっかけがありました。

「会社からはfor a month(1ヶ月) と聞こえたのですが、実は 4month の聞き違いでした。その4ヶ月の間にバレーを通してシンガポールが好きになって行きました。」

契約の期限が切れてシンガポールの滞在も僅かになった際に、相談したのがバレー部の部長。その経緯もあり、現在の編集の仕事に就いたそうです。
そして、そのバレー部の部長こそが、AsiaXを編集するメディアジャパンの内藤社長だったということですから、私もびっくり!!

ちらりと目線を社長に向けると、バランスボールで筋トレしながら、パソコンに向かうスーツ姿の社長が。
「私だけじゃないですよ。」と目線を置くに持っていけば、石橋さんの机にもバランスボールが・・・。

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AsiaXさん、そこはバレーを愛する男子部長と女子部長を中心に組織が構成されているようです。

その内藤社長にもお話しを伺うことができたので、「海外に出るとは」についてお聞きしたところ、

「海外で働いた人が、日本にはない新しい風を持ってこれれば良いのではないでしょうか。我々は株式会社日本の海外事業部のようなものです。」

私としては、これはとてもストンと腑に落ちる言葉です。昨今海外に出るのが良いか悪いか取り上げられることがありますが、もっと広い視点で見てもよいのではと感じます。その中でこれまでの方にお話しいただいたような、社会人として一人一人が日本を代表する気持ちで海外に臨んでいければよいのではないでしょうか。

asiax取材

嶋津社長、内藤社長それぞれ海外に出てはいらっしゃいますが、双方とも日本と海外、日本人と海外の接点の架け橋として今後も日本に新しい風を入れていってくださいね(^^)

ご紹介いただきました、PanAsia Partners の加藤さんSTUDIO MIU ARTの万弥さんありがとうございました。

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ということで、私、今こんなバックパッカー安宿ベッドから
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Mercureの豪華部屋に大変身をしております!!
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バックパッカー安宿は洗濯もろくにできないし、ランドリーも近くにない。ベッドは硬いは臭いはで、1週間いましたがそろそろ死ぬな・・・と思っていたところに救世主登場!!

わ~い♪ AKIRAがシンガポールにやってきた~!!しかもツインベッドだ~!!嬉しいよオイラ。
井口晃シンガポール ビジネスバックパッカー

彼同い年なのですが、アメリカの大学でてから日本駐在員などに英語の先生をしばらくしていたそうです。
ちょうど日本に帰ってきたときに出会いましたから、今から3年ほど前でしょうか。くだらないことも話せる同い年の大切な友人です。
今はセミナー講師として、世界的に有名なコーチ「アンソニーロビンス」やマーケッターの「ジェイエイブラハム」等から学んだことを日本にアウトプットしているそうです。(実はこのサイトのレイアウト私が作っていたりします。)

ということでご主人様(AKIRA)は、ミリオネアマインドの著書でおなじみのハーブエッカーのセミナーへ出かけてしまいましたので、私はいそいそと『洗濯』をしていました(^^; 流石に大量に手洗いしたのは初めてでしたので、昔の主婦の気持ちが少しだけ分かった気がします。(←人のホテルを好き放題ですね・・・)
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そしてそのままベッドへリターン。疲れていたんでしょうね。昨日の更新分も最後「ppppppppppppppppppppppppp・・・」と「p」を押しながら寝てしまったようです。

文章を書くつもりでしたが完全に休息日になってしまいましたが、元気は十二分にチャージ完了!

それでは、今からP社のYさんと中華めぐりをしてきます♪シンガポール滞在歴の短い二人が旨い安飯にたどり着けるか!?

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当ブログかアメーバのブログを通して、某番組様より情報提供のお話をいただきました。
(ビジネスバックパッカー関係のブログ、実は3つあります。「世界人脈掛算紀行」「一枚のおもいで」)
日本に帰ってからお会いする予定ではありますが、見ておられる方は見ておられるのですね。(とはいえ、アホなことも書いていきますが笑)

さて、日本ですが6/27-7/7の間帰国します。
リリースも何もしていませんが、誰か取材してくれないかな(笑)とか。夜はほとんどが飲み会ですね。次の旅からの方向性などを酔っ払いの皆様と共に生産的発展性のある時間を過ごしてきたいと思います(^^)

追記
先ほど一通のメールが来ました。「大原隊長一時帰国祝い」
世界で活躍する人、これからする予定のお仲間7名程の『かっくいぃ(格好好い)』集まり。何がかっくいぃって、皆さんバリバリのビジネスやって活躍されてますから。私は『何故ここにいるの!?』って感じです。このメンバーこそが私の世界活動の最も大きな人脈ライフラインでもあります。
ただ二つ間違っているのは、「隊長じゃない!」ということでしょうか笑 
中村隊長とかぶるじゃないですか~笑 (←この方は、ほんとかっくいぃ!!
もう一つは、一時帰国祝いではなく、「世界の人を紹介してくれてありがとう!お礼参り」の方が正しいですね。

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西野社長のご好意で、ご紹介いただいたのがこの方。
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ピラティスのインストラクターをされているATSUMIさん。

 「シンガポールに行ってからは、アメリカのグリーンカードと日本の国籍は外しちゃいました。今はシンガポール国籍なので、日系シンガポリアンですね。」
 そう話すのは、大学卒業後日本を飛び出してから、早36年。ピラティスのインストラクターとして活躍しているMURAKAMI ATSUMIさん。オランダ人だった(現シンガポール国籍)夫とアメリカに渡ってから、シンガポールにやってきた。子育て後エリート会計士として活躍していた彼女が、海を越え現職についたきっかけはなんだったのであろうか。
(現在書いている記事より先行抜粋)

「だってさ、やりたいことを辞めちゃったら心も身体もしぼんじゃうよね。だったらやりたいことやらないと。(笑)」

とっても素敵な笑顔と、失礼ながらお聞きしたお年には全く見えないその若々しさは、常にやりたい事を求めて動くその行動力に他ならなく見えます。
エリート監査法人を惜しげもなく辞めて、次の行動に移す姿は、目の前のご本人と話していると、なるほど!それを可能にさせる、「しぼませない心」をお持ちの方なんだなと。

以前も書きましたが、公に出てきていない方で凄い方って本当にたくさんいます。そういった方々からお話を聞けるチャンスはもの凄い財産ですよね。ATSUMIさんありがとうございました!!

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帰りの電車の直前、フワッって感じで昔の記憶が蘇ってきました。
それは、大阪時代にお世話になった通販会社の社長。私の両親よりも年配の女性ですが、彼女はたくさんの活躍されている方にお会いさせてくれました。
食事などにもつれてっていただき、「NORIさん、一流になるつもりだったら食事の一つも学びだよ」と色々教えていただいたことを思い出します。
当旅でも大阪の壮行会で応援していただいたりと、影ながらご支援いただきました。

シンガポールで西野さんにお会いして、フッと思い出したのは、少しお二人が似ていらっしゃるからかもしれません(^^)
先日どなたかと話していたときに、「あの人はシンガポールの母だよね」と。
くしくも、大阪の師も、親しい仲間達から「大阪の母(おかん)」とよばれています。

「シンガポールの母」と「大阪の母」。
遠くの地シンガポールから大阪を思い出しましたが、大阪に帰ると次はシンガポールを思い出すのではないかなと感じるしだいです。

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最近聞いた子供の教育現場の話は、私の世界観を一変させるに十分な内容でした。ということで、まずはそのお話を先に公開。

舞台はシンガポール。シンガポールで子供の頃から育った子供が、日本の四季・教育も体験するためにと、中学になってから2年半程、日本に行かせたそうです。
帰ってきた子供は、母親にこの言葉を告げて日本での教育を望みました。

さて話を聞いてびっくりしたのは母親。

「お母さん、僕、日本でこれからも勉強したいな。だってさ、こっちの国って(シンガポール)みんなが頑張ってるけど、日本は頑張っていない人がたくさんいるんだ。なんかどうでもいいやって思っているみたいで、将来のことなんてどうでもよさそうなんだよね。コンビニでバイトすれば良いっていう子もいるし。一緒にいると凄い楽なんだ。大勢の中でも静かにしていれば目立たないですむでしょ。宿題なんていわれたことだけやればいいしホント楽なんだよね。ねぇお母さん、日本の方が楽だから帰りたいなぁ。」

教育に以前から関心があり、日本にいた頃、中高校などでインタビューしたり、3ヶ月の旅の中で、実際に子供のいる親御さんから話を色々聞いてきました。そんな中、今まで私が聞いたことのないような回答でした。(そりゃそうだろうと言えばそうなのですが^^)
この話は、海外から日本に入ってきた子供が素直に感じた事実。

「いや、前々からそんな話よく聴くじゃないですか、やる気がない子供が多いって。」こういった発言をする人程怖い。それも子の親のケースであることも多々あるから始末が悪い。あなたの子供がその場にいるんですからもっと考えた方が良いのではと。

昨今若者のやる気のない症候群がとり立たされますが、10年以上も前からこの状態で教育が続いており、今まさに子供を抱える親にとっては、その現場に子供を入れているということを認識しなければいけないのかもしれません。

自分の国の子供だけで物事を考えれば、良い子もいれば、悪い子もいるで話は終わりますが、他国からみて、日本が今「頑張らなくても良い環境になっている」ことを認識しておく必要があるのではないでしょうか。

さて、そんな中、今日お話を伺ったのが、美術家でシンガポールで初の絵画教室を始めた、STUDIO MIU ART代表の高橋万弥さん
連日子供を始め大人の方も絵画を描きにいらっしゃるそうです。
高橋万弥さんとビジネスバックパッカー

若い頃から美術に関心があり、違ったものをもっと見たいという思いからパックパッカーも1年ほど不定期にされたそうです。その時に好きになった国「中国」。中国に近い風土を持ち、文化のまだ新しい国「シンガポール」にて絵を教えたい!その想いから1996年から絵画教室を始められたそうです。
彼女が求めてきたもの、それは、『心の目を開いての自分との対話』。それが素直にできる『柔軟な思考』

お話を聞いていて感じることは、「情操教育が(シンガポールよりは)進んでいるはずの日本が、何故こんなに諦めムードが漂ってしまうのであろう」と考えさせれてしまいます。冒頭の子供の「日本の方が楽だから帰りたいなぁ。」という発言は、本当の意味での情操教育が行き届いていないからなのかもしれません。

しかし、そんな話を高橋さんに聞いてみると「頭カッチカチの人が絵を描いて半年ぐらいしてから会ったときに、こんなことを言うんです。『今までは木は木だったんですが、最近色んな木があるんだなぁと。』色んな視点からものが見れる柔らかい頭ができたのかもしれませんね。」と。

頭カッチカチで良くない事を取り上げてもう駄目だと騒ぐ、一部のステレオタイプな大人がいる日本。そんな行き場のない状況を自虐的に演出している中で、諦めムードは現実的に子供に影響を与えている。大人を変えることは難しいが、こんな大人を増やさないためにも、豊かな感性を持った大人たちが今後も子供達にアイデンティティを伝えていく必要があるのかもしれないですね。

さて、そんな高橋万弥さんの記事は後日公開!

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サッカー選手とライターに共通するモノを見る力。Sリーグ中村彰宏選手を取材

22 6月 2009 シンガポール

シンガポールといえば、文化がない。そんな印象を与えかねない。 実際、シンガポール人の音楽やTVはあるものの、多くの人が見るのは他国の音楽やドラマ、映画であることがざらである。 では、本当にないのかといえばそんなことは決してない。1996年からは始まったサッカーのSリーグもその一つ。 昨日は、このSリーグで先駆者として入り最も活躍する日本人選手の中村彰宏さんを伺った。 場所は先日取材した西野さんからのご紹介もあった、「カール会」。 ビジネスマンが集まる勉強会のものを想像していたら、びっくり仰天。ほとんどが女性。世代層は広いものの支配人(?)のカールさん(メーカ系大手のお偉い方。)の部屋には、20人近い人だかり。全員日本人。元々単身赴任でシンガポールに来た為、交流会の場を作ろうとしたことがきっかけだという。 ↑これは外の景色。大体どんな建物か想像つくだろう。 メンバーには、皆さん面白い(いや、興味深い)経歴を持った方がズラリ。現地採用で働く女性からは、「それぐらい普通ですよ。」と。 実際海外に出れば、そんなものなのでしょう。 閑話タイムが少しあったので、その間に興味を持った、作家でもありライターでもある青木さんにアポを取らせてもらった。 そうした中、着席し話が始まる。今日のテーマは「健康」。だから女性が多かったのかもしれない。登場するは、茶髪のイケメン中村選手。 今回は直接取材というより、彼が自己紹介から話したストーリーを掘り起こさせてもらった。 何が感動したかといえば、彼の転身劇。サラリーマンからシンガポールのプロサッカーリーグに行くなんて、なんとも面白い。 彼の凄いところは、これだけでなく、3人ぐらいの子供達と始まったサッカー練習が今では少年サッカーチームを会社で運営し、なんと小学生で100人以上いるという。 まだ32歳という若さ。選手としての才能だけでなく、経営者としての才能が見え隠れする。時折話すしぐさは、まさに経営者。 最近お話しする方の中で、「海外に出てくるなら社会人を経験するなり礼節を覚えてからくるべし」という意見が目立つ。海外で日本社会を経験していない人(日系現地企業は除く)に対しての日本人からのコメントは厳しいものが多い。私などが当サイトに「社会人2,3年経験してから来ると社会経済が見えた上でこれるから良い。」という考え以前の問題、「礼節が身についていない人が多い」といった点。 これがスポーツともなると更に際立ってくる。何故なら彼等は多くの人から見られる対象。であるから、中村さん自身も「来るなら覚悟して来い。ピッチに立った上で日本代表だから責任を持ってほしい。後から来る人たちのためにもその責任は大きい。」 ビジネス・スポーツ見られる視点は多少異なるもの、どちらも他者からの評価が付きまとうということを忘れてはいけないですね。 さて今日取材した作家&ライターの青木さんであれば、今度は『観る側』。どこに良い点があるか、とりわけ取材時には常に探しているという。「NORIさんの文章は直球的ですね。」ごもっとも(^^;読んでいただいて恐縮です。 しかしながら、観るほうからすれば、題材の良悪に関係なく、必ず何かしらいいものは見つけられるという。レストランで料理が不味くても店の雰囲気や店員さんがいいとか、器がいいとか何かしらはあるものだ。 そういった点を見落とさないインサイトは、日本海外関わらず重要である。ところが日本人は一般的に良くない点を見つけるインサイトはずば抜けている傾向がある。(井戸端会議などではこれこそがメインデッシュなわけですから。) サッカーであれば、そのインサイトは更に『空間』というものが生まれ、人の動きに対してのボール運びは直感的なものでもある。 サッカーとライターに共通するのはまさにこの『モノを見る力』であり、広いレンジ狭いレンジの両方を使い分ける必要があるのでしょう。もちろんどんな仕事でもそうですが、ちょうどこの二つの業種を取材したので、とりわけ共通点を挙げてみました(^^; さて話は変わって、今日一番参考になったのは青木先輩(^^)からのお言葉、「捨てる勇気!」 「毎日書きたいコンテンツが多いんですよね~。でも書いていたら意味が分からなくなって・・・」の質問に、「面白いもの10個あったら8個は捨てる勇気も必要!もしくは箇条書きにするとか」とありがたいアドバイス。なるほど~!といいながら今日も長ったらしい文章に・・・。 【取材先は、続々決定!】 明日は、絵描き教室を運営する美術家 高橋万弥さん 26日は、知っている方も多いのでは?「上司のルール」等の著書で有名なリーダーズアカデミー代表 嶋津良智さん を取材してきます。  さて、今から吉野屋にいこうか、安飯を食べに行くか・・・ 「【記事第六弾】バンコク⇔日本を日々飛び交い半々生活をする美人CA」 ↑読んだら是非感想を聞かせてください↑ 今後の取材アップ予定者はこちら。

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一つの目的、西野篤子さんへの訪問が達成されました。3ヶ月を振り返って。

21 6月 2009 シンガポール

私が、この旅を決意してから、さて何をするかと考えたときに、意味もなく世界を回ることだけはしたくないと考えていました。 とはいっても、世界で起業したいという気持ちとは裏腹に何をしたらいいかもわからなかったので、さてどうしたものかと。 そんな時、タイでホームステイさせていただいた方から日本出国前に、「西野始」という人を調べてみると参考になるという言葉をいただきました。 西野始さん、彼は世界をバイクで旅をする自由人のような方。 彼の記録はインターネットで見つけることはほぼできませんでしたが、検索結果の一番上に「西野篤子」という名前が出てきました。 そこには、NNA(アジアの記事)が書いた記事があり、このとき初めて一つの事実を知りました。 そこには、始さんの記事ではなく、奥さんの篤子さんの記事があり・・・ 今年もその日が近くなった。あれから4年。きのうのような気もするし、はるか昔のようにも思う。もちろん、今年も出かける。夫の魂が眠る、あの河のほとりには。心の洗濯をするために、また自分を見つめ直すために――。 「薬屋ヤモメ、突風疾走記(2)」より引用 始さんがお亡くなりになっているということを始めて知りました。 記事を読み始めてみると、篤子さんと始さんのストーリーにどんどん引き込まれていったのを覚えています。 「この人に会いたい。」 それが、私が最初に思った感想。 記事を読めばわかるのですが、始さんが3年間バイクで世界を旅する際それを応援し、アフリカの地では「わたしも飛んで行きたい!」と実際に飛んでいかれたのが篤子さん。その感性に惹かれ、是非ともお会いしたくなりました。 とこれは少し建前ですね。本当のところは、日本出発前の私が抱えていた恋愛環境と重ねたことから関心がわいたのかもしれません。とにかく高まる気持ちは当記事も掲載されている、「アジア日本人群像」という書籍を購入するところへ至ります。 この書籍との出会いが、私の今の旅を位置づける一冊となりました。 そこには、アジア中で活躍している日本人を取材した記録があり、私の関心を一気に世界一周から世界で活躍する人々にシフトしていきました。 旅前にとりあえずつけてみた名前が、「ビジネスバックパッカー」。 旅先で会う人からまず聞かれるのが、「何をやっているの?」という質問です。 これは、本当に最初は意味がなく、単純にビジネスの卵を探しに行くバックパッカー?という考えからつけてみたものでした。 (もう一つは、検索エンジンで調べるとこの単語がないという事実。更に補足すれば海外サイトでありますが、こちらは又少し違う内容です。) この書籍を読んで愕然としたことがあります。それは、こんなに世界では活躍している日本人、苦労している日本人がいて、彼等は活字やメディアに出てきていないということ。実際興味のあった人をネットで調べてみましたが出てきませんでした。 旅中、現地で活躍している人から活躍している人を紹介してもらったら、メディアに出てきていない本当に現地と密接にやり取りして活躍している人に会えるのではないだろうか。そう思いました。それは私自身の今後にも非常に価値があるだろうと。 西野さんから、「なんか中途半端な名前だね~(^^;」とご指摘いただきました。 これは確かにその通りで、出発前にひらめきで作った造語。実際に旅をしてみれば、飛行機を使ったり、ホームスティしたり、旨いものを食べに連れて行っていただいたり、スーツを着ていたりと、我々のもつ安宿で安銭を手に回るイメージとはかけ離れています。 ですから、私もビジネスバックパッカーという言葉には常々疑問を思っていました。。。(汗 ただ、先日いただいた書籍「日本を降りる若者たち」の冒頭に、そもそもバックパッカー語源のルーツの一つに、裕福な西洋人の家庭の息子が会社を継ぐ前に見聞を広めるために旅に出たのが始まりでもあるようで、私がやっていることと必ずしもリンクしないわけではないようです。 ですから、200枚の名刺はなくなりましたが、次の名刺もこのタイトルでいこうと思います。 (サブタイトルは変更しますが、タイトルはこのままいきます。西野さんご助言ありがとうございます!!) さて、話はだいぶ脱線しましたが、そんな経緯もあり、お会いしたかった西野さんには、お会いすることができました。正直感動で上手く言葉が出ませんでした。 インドネシアで先日取材した社長さんとも繋がっておられたようで、「さっき電話していたのよ」。 なんだか世界は狭いなと改めて感じてしまいます。 今回で、出発前に作った目標の一つはクリアできました。 旅を始めて3ヶ月経ちました(タイの1ヶ月は元々ゆっくりする予定だったので、取材活動は約2ヶ月)。 30名ほどの方を取材させていただきました。 経営者、駐在員、社員、旅人、経済自由人・・・ これらの方々の記事つくりにも時間を要します。シンガポールでも毎日ご紹介いただいているので、恐らく記事は日本で作ることになるのでしょう。 10日間の東京を終えれば次はベトナムでインターンシップを1ヶ月行います。 現地の方と密接に仕事をすることで、また、世界観は大きく変わることでしょう。 インドでは、一般的に言われるバックパッカーをしてこようと考えています。 これは、何人かの方にいただいたお言葉、「国の表面しか全く見えていない、もっと泥臭く歩き回ってみた方が見聞が広がる」というご意見になるほどと共感するものがあったからです。 ヨーロッパに入れば、アジアでの常識全てが180度ひっくり返るかもしれません。といいますか、ひっくり返るでしょう。 いずれにせよ、たった3ヶ月でえらそうに物事が語れるほどの経験を自分はまだ世界を通して何もわかっていないという事実。 これまでお世話になった方々に感謝すると共に、まだ見ぬ新しい出会いの方々に今後も謙虚に学んでいければと思う次第です。 「【記事第六弾】バンコク⇔日本を日々飛び交い半々生活をする美人CA」 ↑読んだら是非感想を聞かせてください↑ 今後の取材アップ予定者はこちら。

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世界級ライフスタイルのつくり方って何だろう?有名ブロガーを取材!&吉野屋!?

20 6月 2009 シンガポール

今回はシンガポールでとっても有名なブログ「世界級ライフスタイルのつくり方」のla dolce vitaさんを取材してきました。 正確にはシンガポールで有名なというよりは、国際ビジネス・社会・文化に対して考えを展開しているブログとして有名といった方がいいかもしれません。 タイトルの世界級ライフスタイルのつくり方は書籍「世界級キャリアのつくり方」をもじって作られたそうですが、内容はまさにキャリアのことから、生活スタイル、世界観、趣味まで多岐にわたります。 私がそもそも知ったのは、タイでの仲間阿部俊之さんからのご紹介。 「ワールドワイドなキャリアをもっている方が書いている面白い内容だから読んでみたら」と。 過去にもご紹介しましたが、早速読んでみて、この記事が私の中で今でも心に残っているのです。 どうせ痛い思いをするなら早めにしよう これまでずっとなるべく言わないようにしていたのだが、もう平たく/明快に言うことにしました。 1)日本はもう立ち直れないと思う。 だから、 2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。 渡辺千賀さんのブログより作者引用 渡辺千賀さんの提言から始まるこの記事。 私がこの作者に是非お会いしてみたいと思ったのが、次の文。 私の基本行動方針になっているのが、「どうせ痛い思いをするなら早めにしよう」です(・・・と、エラそうに言っても実はこの基本行動方針に沿って動けなかったことがあり、明日はそのことを書きます)。 そして、私を今まで突き動かしてきたものは「危機感」だったと思います。 どうせ痛い思いをするなら早めにしよう記事より引用 ご本人自身は、MBAも取得されエリートのように見えるのに、何故そんな考えに至ったのであろうと思ったのが最初でした。 実際にお会いした印象は、親しみやすい感じ。 実は今までの取材の中で、二番目に緊張しました。なぜなら顔がわからないので、文字だけでイメージしなければならず、それを見るとどうしても官僚のようなエリートさんに見えてしまっていたので(笑 (ちなみに一番緊張したのは、バリで取材したM兄貴。1800人を越える関西最大の暴走族の元ドンで○○○○億円の資産をもつ不動産王という前情報・・・。流石にビビリマシタ。) 文字というものは非常に面白いものです。それだけで、その人の性格をなんとなくイメージさせます。そして、どう捕らえるかはその読み手にゆだねられます。 私自身今回非常に勉強になったのは、ロジカルな文章だけに目をとらわれ、日常的な文章に目がいっていなかった点。 お話していて非常に気さくな方で、「アレッ!?」と思い、帰ってブログを拝見しなおすと確かにそういった文脈も。 書籍でも、ブログでも何でもそうですが、先行的なイメージで読むだけでなく、異なる視点からも読んでみた方が、より作者のことがわかるかもしれませんね。 さて、話は人気ブログができるまでの秘話(これだけでおなか一杯になりました)と、実際に世界級ライフスタイルを書いていく中での変化をお聞きしてきました。 もちろんバリバリのビジネスキャリアをお持ちですから、人生ストーリーもあわせて。 ・日本国内だけではなく世界中から自分のライフステージに合わせてベストなライフスタイルを選ぶ生き方 ・人の肩書き(国籍、学歴、会社名etc.)ではなく、内面(価値観・経験の共有etc.)を重視し世界中の魅力的な人との交流を楽しむ生き方 を目的とした当ブログが、実際にla dolce vitaさんの周りでどういった変化を起こしたか。 記事をお楽しみに。 ※ご本人のサイトで名前も写真も掲載されていませんので、こちらでも非公開にしております。 記事第六弾 退路なし!50代、元塾長&元不動産経営者バリへの挑戦! 間もなく公開!  :  : さて、話は取材後30分後のことである。 男は、ある店の前にいた。  そう・・・・ ここだ~!!! あかん、、、店の前に着ただけで、ヨダレが口の中を走り回る。 流石や。。。吉野家はん。。。 早速オーダー。値段は標準の牛丼with野菜で大体450円。妥当なところであろうか。 ところが、まてどまてどもやってこない。 恐らくまだ5分も立っていないであろう。 だが、男の心ははらわた煮えくり返るぐらい荒れていた。  「早く、早く食べさせてくれ!!!」 7分後やってきた。 周りはみんな楽しそうに食べている。だがこの男は違った。 男の中では、ここは最早日本。 『最速で食べ抜け仕事に戻ること』 これが『美学』だ。隣の人よりいかに早く食べられるかが、仕事ができるかどうか、それすらも左右する。 その昔、西洋でサンドウィッチ伯爵がゲームがしながら、何かを食べたいためにサンドウィッチを考案した。 同じようであるが、それは違う。日本人は、一つ一つをきちっとやる。だから食べるときは食べるのが美学だ。 ならば、それを以下に『最速』で駆け抜けるか? 日本を代表する食べ物は寿司ではない。「立ち食い蕎麦」と「吉野家」。これだ。 [...]

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ネット業界の寵児が考えるパンアジアな視座とは?加藤さんを取材してきました

19 6月 2009 シンガポール

PanAsia Partners PTE,LTDのシンガポール代表 加藤順彦さんを取材してきました。 「シンガポールで活躍している人は誰か?」と仲間に質問したところ、一様にしてこの方の名前が返ってきました。 加藤さんご自身はシンガポールにこられて1年未満なのですが、かつて行ってこられた事業と今回シンガポールにこられた経緯が、多くの方に共感されているからなのかもしれません。 この方を知っているとすれば、学生企業のさきがけとしての一面かもしれません。 または、ダイヤルQ2事業のさきがけとしての一面かもしれません。 それとも、ネット広告事業のさきがけとしての一面かもしれません。 常に時代を先駆け、脚光を浴びてきた彼が次に選んだ先は『海外』。 この時期に海外に出てくるということが遅いか早いかは誰にもわかりません。 が、加藤さんの言葉から良く出た「ロールモデルに誰かがならないといけない」を胸に出てきたそれは、非常に共感を覚えるものであり、必ず誰かがまずは行わなければいけないのかもしれません。 私自身これまで、様々な方を取材させていただきましたが、今までの方とは又異なる視点で非常に楽しかったです。 ・ロールモデルとは一体何に対してのモデルか? ・加藤さんが、全てを投げおいてでもシンガポールにやってきた理由は何か? ・パンアジアな視座とは一体何か? 英語も出来ない状態で、16年間創業し育ててきた企業を抜け、家族と共にシンガポールへ。 退路を自ら断ち切り、日本のベンチャー企業の未来のために、立ち向かう加藤さんの取材記。 どうぞお楽しみに。 それまでは、加藤さんのブログ「Pan Asianな視座でいこう」をご覧ください。 リンク先のカテゴリーが特に熱い内容が多いです。 加藤順彦さん(PanAsia Partners pte ltd パートナー) 関西学院大学在学中に株式会社リョーマ、株式会社ダイヤルキューネットワーク設立に参加。同大卒業後、株式会社徳間インテリジェンスネットワークを経て92年に有限会社日広(現・株式会社NIKKO)を設立。08年、同社を退任しPanAsia Partners pte ltd 起業のためシンガポールへ移住。ブログはこちら。 関西学院大学商学部非常勤講師。 (CNETプロフィールより引用)  : さて、又後日書きますが、この後にペット業界時代に知り合った七菜さんと再会を果たしました! 久しぶりの再会に胸躍ったのですが、そこで私が出した質問、 「西野薬局の西野篤子さんってまだシンガポールにいらっしゃるのかな?」 という質問に、直接伊勢丹の西野薬局まで連れて行っていただきました! そして、受付で確認してもらうと、なんと本人がいらっしゃるとの事! しかも、会議中、そして突然電話を変わられて声の先は、なんと西野さん!! この方、私のバイブル「アジア日本人群像」に登場し、もっとも私が胸熱くなった方でもあるんです。 ですから、当旅の目的の一つは、「西野篤子さんに会うこと!」でした。でも連絡先もわからず、やはり突撃訪問しかないか?と思っていましたが、『奇跡』の展開に感謝の限りです(^^ ということで、昨日は二人のレジェンドにお会いすることができ、全然寝付けなかったしだいです。 おまけ・・・ シンガポール、ワイヤレス環境が良くなったのですが、今度はPCのコンセントの接続が非常に悪くなり充電できないこともしばしば。 バッテリー切れてしまってはパソコンも使えない。日本に帰ってから対応するしかなさそうですね。 カメラ、携帯と壊れてきましたが、ここにきていよいよPCか!?(汗

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シンガポールはビールとタバコがバカ高い!?

19 6月 2009 シンガポール

シンガポールに来ています!! この国は人種のるつぼ! ↑関係ないですが、キムタクがでっかくいます(^^) マレーシア系、インドネシア系、中華系、インド系、がベースのようで、そこに様々な国から約1/4をしめる120万人が他国のナショナリティでやってきています。 さて、シンガポールについてまず触れる話題といえば、ビールが高いということでしょうか。 大体、1シンガポールドルが65~67円ぐらいだそうなので、計算するときは、表示価格に0.7ぐらいをかけるのが最近のレート。 そう考えた上で、フードコートで飲むビールが・・・一杯6ドル! 420円ぐらいですね。 これがバーで飲むと9ドルぐらい。コンビニでも3~5ドルぐらいですから、日本と変わらないといえます。 ただし・・・発泡酒や第三ビールといった、日本の技術の結集を拝むことが出来ませんから、全体的に割高に感じます。 ちなみに、ご飯も高いですが、中華系の安飯などは、200~300円ぐらいとリーズナブル。そして旨い!! あと、タバコ。 これがまた高い。9~12ドルぐらいです。 つまり600~800円ぐらい。 ところが吸っている人を良く見かけます。 お金持ちにとっては関係ないといったところでしょうか。 もしくは、税関で1カートン70ドルのペナルティを払って持ち込むケースも多いようです。 さて、シンガポール到着翌日は、こちらで駐在員としてご活躍されている、Yさんと8ヶ国語を話すという国際弁護士Aさんとお食事をご一緒して来ました。 弁護士さんと話していて、強く感じるのは、元々「シンガポールだけでビジネスしようなんて考えていない」ということです。 自国の持っているアジア経済の中心地であるというメリットを最大限に活用しているように感じます。 「【記事第5弾!】駐在先から朝の夫婦コミュニケーション SUMIPLEX社長 谷雅史氏」 ↑読んだら是非感想を聞かせてください↑ 「【記事第四弾】16歳から仕事開始!6言語を操る男の波乱万丈記」 ↑読んだら是非感想を聞かせてください↑ 「【記事第三弾!】時代の変化を跨いで夢のバリへ在歴36年カルチャースクール経営」 ↑読んだら是非感想を聞かせてください↑ 皆さんの力が私の世界一周を後押ししています!!是非とも応援をよろしくお願いいたします。 にほんブログ村 今後の取材アップ予定者はこちら。

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