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日本人

この人の仕事の歴史というのは、一体どこまで掘り出すことができるのであろうか。
3時間近く話したものの、中々奥が見えない。

カーゴの買い付け業を行いながら、居酒屋「上野」を経営する上野氏。現在43歳。
居酒屋上野バリ豚バラ肉

バリに来て13年。30歳でバリに来たことになる。

今回の記事、これは多くの人が衝撃を受けるかもしれない。
なぜなら、これほど多種のビジネスに先行的に挑戦している人は私の周りではあまりいないからだ。
彼自身、現在の仕事が落ち着いたら書籍を出してみたい、と話すことにもうなづける。

今回の話はバリだけではない。
アメリカ、韓国、バリを舞台にした6カ国の言語を操る男のストーリーだ。

彼のこれまでのストーリーをダイジェストで記載する。

中学卒業後、実家の家業(料理屋)を継ぐつもりで料理屋で働きながら夜学高校に通う。

卒業後、趣味のPCが興じ、友人とプリント基板の設計会社を立ち上げる。

時代はデジタルに移り、APPLEソフトのローカライズ化のためにアメリカへ。

日本のソフト会社に席をおきながら、自身の会社(ライセンシーの販売権取得)も立ち上げる。

APPLEブームで、日本の商社への販売権をおろす。

アメリカから帰国後、韓国にてコンビニの経営権を買い取る。(6店舗)

1年後、フランチャイズで31店舗にする。韓国コンビニ界、初のPOSシステム導入

ライバル業種からのあおりを受け、流通システムの崩壊。

借金返済のために、日本でタクシー運転手と運送屋を掛け持ちで行う

睡眠時間返上、年間700万稼ぎ、借金返済にめどをつける。(このとき27歳)

知人からの誘いもあり、伊勢海老・まぐろの輸入会社を4人で立ち上げる。

まぐろの調査もかねて、インドネシアへ。

インドネシア各地を回りながらマグロ、伊勢エビの輸出をするも半年で通貨危機となり休業

日本食レストランの社長と知り合い、その後店長として働く事になる(当時ここは3号店)

4号店、5号店、6号店の立ち上げ企画を行う。

結婚

独立後 便利屋として諸業務代行業の会社を設立し、買付けや貨物輸送の代行を始める

7人の仲間と「海老壱」を起業しTV、雑誌が来る大反響

借地契約終了とともに大盛況のうちに惜しまれつつ閉店となる。

家族が運営する「居酒屋 上野」のオーナーとなり開店早々同店の豚バラ肉は日本の大食い選手権に登場

半年後クタの爆弾テロ慰霊碑前に「居酒屋 上野 2号店」を開店

彼の日記などを拝見していると、ズバッとした切り口でストレートなイメージを感じていたが、会ってみると大変謙虚な方。物腰が大変柔らかい。
しかしながら、仕事の歴史などを聞いてみれば、あきらかに初志貫徹タイプ。

ビジネスバックパッカー、バリ居酒屋上野氏と
多くのビジネスをしてきているように見えるが、一つ一つ全力投球。
このストーリー是非楽しみにしてもらえればと思う。

※今週の日曜日、急遽100人のパーティの仕入れ、配膳が決まったそうなので、一緒に同行させてもらう予定。

・現在お会いする予定の方はこちら
《バリ》
・バリの補習校の紫垣憲彰校長先生
シーカヤックで海を渡るグレートシーマンプロジェクト 八幡氏
上記プロジェクトに協賛しているマゼランリゾーツ代表の朽木氏
バリで不動産を始めとしたPT.JAPAN ORIC NIRWANA BALI代表の八重氏
輸送代行業を経営する傍ら居酒屋「上野」をバリで開いている上野氏
・スーパーpapayaを始め、インドネシアでモスバーガー、ダイソーをフランチャイズ展開する会社MASUYA社員でバリでご活躍のT氏
・ジャズバーをしきる70代の女性
そして、ステイ先でもあり、株式会社ロッキー会長の藤田氏

《ジャカルタ 6/11-16を予定》
・スーパーpapayaを始め、インドネシアでモスバーガー、ダイソーをフランチャイズ展開する会社MASUYA代表市原氏
・日本人会バレーボール部の皆様

《シンガポール 6/16-27を予定》
・ブログ「世界級ライフスタイルのつくり方」の作者様
・P&Gでご活躍のY氏
・競走馬の仕事をされているK氏
・8ヶ国語を操る国際弁護士のマレーシア人の方(予定)
(・現在、アジアで成功した味千ラーメンの代表の方のアポに向けてコンタクト開始予定。どうしてもお会いしたいです。)
(・現在、西野薬局の西野氏にコンタクト開始予定。当旅を思いついたきっかけでもありどうしてもお会いしたいです。)

どなたか、ご紹介・お会いさせてくださる方がいらっしゃいましたらご連絡いただければとても嬉しいです。
ということで、今後もますます広がっていきますように。

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インドネシア人の友人の行きつけの店ということで一度連れて行ってもらった店。

『あにめ町』
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日本のアニメやフィギアなどのコレクション、日本の音楽CDなどが販売されているそのお店のオーナーは非常にユニークな中華系インドネシア人。
あにめ町 インドネシア
↑写真は日本のワンピースなどのフィギアですね。

アメリカの大学へ行った後、シンガポールでエンジニアとして働き、カナダで友人とショップを運営。そして現在インドネシアでは最大6店舗(現在は3店舗)のアニメ町を経営するオーナーでもあるという。
アニメ町 オーナー

そんな彼の経歴と、実績に興味を持ったので取材を依頼することに。初めての英語でのインタビューということもあり結局3時間近く時間をかけてしまいました。
詳細の記事は後日取材記として掲載しますが、彼の考え方は昨今の活躍している日本人とも近いものがあり、私は思わず「あなたと同じ考えを持った人はどれくらいいるの?」と聞き返してしまいました。

彼の仕事への考えそれは・・・

「サラリーマンとして朝から晩まで決められた時間を働くこともできるけど、ただ会社に行って帰ってくるだけでは何も面白くはない。自分のやりたい事を仕事にすることがとても重要だと思う。自分の趣味が日本のアニメで、自由な時間に出勤したりしたい。だからその夢が実現できるお店を作ったんだ。」

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↑子供達とカードゲームの話をする彼はとても楽しそう

彼のお店は、実は資本家が後ろについていいる。
私の大きな関心は一体、どうやってその資本家を見つけ、そして、その資本家を口説き落としたのか?

この話、興味ありますか?

インドネシア人の彼が一体どうやって資本家を見つけ、そして、その資本家を口説き落としたのか?

私自身、現在当ビジネスバックパッカープロジェクトに対して投資家の方から金銭的援助のお話をいただいております。
自分の場合、本当に人のめぐり合わせであり、そして、一言も自分からはお願いしていなかったのです。
だからこそ、私としては彼がどうやったのか非常に興味があります。

彼の資本家の発見ルート。 それは・・・

中国人のコミュニティネットワーク

彼等中国人はコミュニティネットワークを非常に重要視します。友人の紹介等であればその人が信頼できれば受け入れていきます。
もちろんその友人が信頼されていて初めて成り立つことでありますが、信頼されれば彼等は金銭、時間、精神的におしまず手を貸してくれるそうです。

ちょっと映画などでよく見る、中国マフィアなどをイメージしてしまいますが、世界中に渡った中国人(華僑)たちは至る所にチャイナタウンを作るなど組織力はすさまじいものがありますよね。ここインドネシアでも一体が中国人のための町があります。

では、彼はその信頼をどうやって得たのか?

また後日書きますが、彼はなんとあにめ町のオープンに先駆けて、何のリサーチもしていないのです。
今回の取材で本人も首を傾げるぐらいで、つまり、お金を援助してもらうに先駆けて、何のプレゼンもしていないのです。

もう一度言いますと、

・何の人脈もなく
・何のリサーチもなく
・何のプレゼンもしていない

中華系インドネシア人の彼が一体どうやって資本家から資金を得ることができたのか?

そのキーワードは、唯一つ「信頼

ビジネスバックパッカー インドネシア

今回の取材記は、ここを焦点に書いていきますのでどうぞお楽しみに!

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