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駐在先から朝の夫婦コミュニケーション SUMIPLEX社長 谷氏

 出会いは、エレベーター前から始まる。私がバンコク内で行われる日本人の集会があるホテルのエレベーター前で、声をかけてこられた事がきっかけだ。物腰の柔らかそうなその男性は、どうやら同じ集会に行くところだったらしい。
 一緒に行ったその会のイベントの一つは、彼の還暦祝いを兼ねていたことを後ほど知る。
sumiplex谷氏

海外との関わり
 谷雅史さん、現在、タイの樹脂メーカー「SUMIPEX」の社長として単身赴任中。住友化学に入社後、営業畑を歩み、シンガポール、アメリカ駐在を経験し、約2年半前から当地、タイの関係会社に赴任している。

 大学時代はもっぱらバンド活動とテニスに明け暮れていた。好きな演奏はボサノバやジャズ。そんな彼が現在の会社に入社したのは、尊敬するゼミの先生から勧められたという理由であった。

 大きな会社というのは、様々なポジションを経験する。やがてシンガポール石化事業がスタートし、家族でシンガポールに赴任し、販売の第一線に立った。業務上の必要から覚えたビジネス英語が実戦で役立った。その後国内営業やニューヨーク、デトロイト駐在を経験した。

「息子がですね、発達障害を持っておりまして苦労していました。アメリカの教育が非常に進んでいると聞いていたので、もしチャンスが来たらと願っていたのが叶いました。」

海を渡って手伝う人々から学んだ無償の愛
 彼のストーリーは家族と人々の助けがあってこそだという。彼は40歳でクリスチャンになり、日本で通っていた教会で人生観を揺るがす貴重な体験をした。

「教会の老朽化が進み、建て直しが必要でした。資金不足で人件費を浮かすため、海外のボランテイアによる建築を選びました。その際アメリカ(特にテキサス州)からボランティアとしてたくさんのクリスチャンが駆けつけてくれました。中には、零戦を複数撃墜した名パイロットもいました。彼は、その時のお詫びがしたいと駆けつけていました。彼等は食事代を節約して余ったお金を献金してくれました。」

 建て直しは、気がつけば子供からお年寄りまで参加していた。彼等は営利を求めてではなく、ただ無償の愛に動かされて喜んで参加していた。その行為に感銘を受けた谷さんは、以降、人の為に何ができるか、特に妻と子供、友人の為に何ができるかを考えるようになったという。
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現地社長としてのタイへの想い
 様々な国を経験して最後に赴任したのがタイであるが、トップとしての意見を伺った。

「3,4年のローテーションでは、やっと言葉や文化がわかり始めた頃に抜けるわけですからもったいないですよね。私自身もまだまだタイ語はわかりませんから、従業員に会ったら笑顔で感謝しているという、気持ちだけでも伝えるように努めています。工場の従業員で英語をわかる人はあまりいませんから。」

 そう言うと、彼はにっこりと私に微笑んだ。なるほど、確かに言葉こそ伝わらなくても、感謝しているという気持ちは、なんとなく顔に映し出される。これも彼が今まで様々な苦難や経験を通して、培ったものなのであろう。谷さんに今後進出予定の企業などに向けて率直に意見を伺った。

「工場現場の従業員は、十分な教育を受けていないからでしょうが、説明してもピンとこないケースが良くあります。こちらは説明したつもりでも全然進まなかったり、勝手なものを作ったりします。ところが休み時間になると、子供のように熱中してスポーツをしている、根はいい連中です。まず話が通じるローカルのリーダーと時間をかけてとことん向き合って育て、彼等と共に現場を育てていくことが必要だと思います。ただ上から日本のやり方を押し付けてもギャップが残るだけです。見下ろすのではなく、一人一人大切な家族、親子のような気持ちを持って理解しようと接することが必要かと。
 もちろん現実は厳しく思うように行かず、悩みの連続です。ですから本社や関係先の方にはぜひ現地に来て実情を理解してほしい申しあげています。海外体験がないと、知識こそ持っていても、感覚というのがわからないのです。たかだか2,3日の視察では表面しか見えませんので、やはりしばらく滞在してみるしか、その国の習慣、人情を理解することは難しいでしょうね。夫婦なんて何十年もやっていてもまだ相手のことがよくわからないわけですからね。」

 筆者は駐在員の方と会うことがあるが、「あいつら何もわかってないですからね。」という言葉を良く耳にする。何もわかっていないのではなく、それは単純にコミュニケーションが足りないだけなのかもしれない。彼の、「夫婦ですら、すれ違いがある」という台詞は、とても私の中に強く残った。

「じっくり話す、聞くということは本当に重要ですよね。今は、妻と毎朝スカイプを使って長電話をしています。年寄りは早起きですからね。職場に行く前の電話が今は日課です。もちろん帰ってからも電話をするように心がけています。愛しているよってね。これ、書かれたら恥ずかしいですね。(笑)」

 取材を終えた時間は、夜八時半。かばんを手に取った彼は、笑顔でそう言い残し、足早に人ごみの中に消えていった。
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